[NEWS]セミナー第12回を開催しました

8月4日(土)、連続セミナー[わが子の「発達の遅れ」、その改善に取り組む保護者たち]第12回(赤い羽根共同募金重点助成事業 後援/埼玉県、埼玉県教育委員会、埼玉県社会福祉協議会、川口市、川口市教育委員会、川口市社会福祉協議会)を開催しました。


 第12回は、九州・福岡にお住いの母親Mさんによる体験発表でした。

 

 関東から九州への転居にもかかわらず、「発達の遅れ」をもつ息子さんの学習を支え続けました。そのMさんが体験した、不安と焦りに満ちた幼児期の子育て→効果的な教育・学習との出会い→適切な学習の継続によって息子さんの力が伸びていく過程、その成長記録を報告してもらいました。

 

 母親の努力が明確な形となって結果を出すにつれ、父親をはじめ祖父母、兄弟みんな(長男と長女)が協力し合った家族の姿もまたMさんの口から語られました。

 

 

 母親Mさんは、体験発表の冒頭、現在の息子さんの様子について話してくれました。M君は長男、長女の三人兄弟の末っ子(次男)です。「発達の遅れ」があるにもかかわらず、学習を中心にした生活によって力を伸ばし、県内でも有数の県立高校への入学を希望し、現在はその1年生として学業に励んでいます。

 

 「福岡のほうは、朝課外というのがありまして、8時半からの1時限目の1時間前、7時半から毎日、ほぼ強制的な課外授業が行われていて、それに間に合うように家を出かけて行くのが6時半。朝も早いし、夕方5時まで授業があって、部活動は週に2回ではあるんですけれどもそれも出てということで、帰ってくるのも7時、8時。中学とは比べものにならないほどの膨大な学習量です。6月くらいまではヘトヘトの状態で過ごしていました。授業に追いつくのが精一杯というのがいまの生活状況ではありますが、それでも、(息子は)『学校へ行きたくない』ということはなく、学校に行くと決めて頑張って生活しています」

 

 高校進学という新しいステップを踏み出し、面食らいながらも一生懸命に取り組むM君の学校生活が紹介されましたが、最後の「学校に行くと決めて頑張って生活しています」と母親に言わしめるM君の努力がなによりも大事ではないかと思われました。

 

 また、もともとボランティアに興味があったM君は、ボランティア部に所属し、その活動の一環として週1回、土曜日に小学校へ出向き、小学生の子どもたちに算数を教えているそうです。Mさんは「本人なりに考えた行動をとっています」と息子さんの自主性に言及しました。

 

 そのうえで、Mさんは大変だった息子さんの幼児期について振り返りました。息子さんは1歳半の頃までは長男や長女とまったく変わらずに成長していたものの、2歳の頃に一変しました。1歳半健診のあと、突然、「あ」「う」などのわずかな発声・発語が消えてしまったのです。

 

 そして、表情が乏しくなり、呼んでも振り向かず、絵本の同じページを見続けたりドアの開閉音に敏感に反応したり爪先立ちで部屋を歩き回ったりするなどのこだわりが現れ、多動傾向も加わって大変な子育てになりました。結局、年少の時に発達関係の専門医から「自閉症・発達遅滞」と診断されました。

 幼児期の生活についてMさんはこう振り返りました。

 

「『なんとかなる』とあまり気に留めていなかったんですが、同じふうに育てているつもりなのに(息子のおかしな行動から)『異常だ、変だ』と思い始めました。市の保健師に相談すると、私としては子育てをしてきて上の2人と違うから相談したんですが、保健師さんは『比べるな。それぞれ個性があるんだから、お母さん、考えすぎです』と言われました。『違うだろう』と思いましたが、私自身信じようとしていました」

 

 市が開催している子育てグループを勧められ参加したものの、子どもの様子を見守るだけのスタッフからは『何か心配なことはありませんか』と訊かれるものの、『様子を見てみましょう』という返事しか返って来ず、具体的なアドバイスを得ることはありませんでした。

 「発達障害」関連の本を読んでも、難しい専門用語を目にするだけで、Mさんの不安や焦りはますます高まっていきました。

 

 当時、看護師だったMさんには「発達の遅れ」についての知識はほとんどありませんでした。しかし、親としての信念に基づき、わが子の課題を乗り越える糸口を探り続けました。

 家族の道しるべとなったのは1冊の本でした。

 

 「たまたま本屋さんで『自閉症児の学ぶ力をひきだす』という本を手に取ることができました。具体的なお子さんの様子、そのお子さんが教室(エルベテーク)でどう変わっていくか、どんなことを教室で実践したかが書かれてあったんですね。それを読んだ時に、『ここなら変われる』と直感で思いました。具体策がたくさん書いてあったのもその本が初めてでした」

 

 他から学ぶ力をもとに言動・感情をコントロールするに至ったたくさんの実例。そこから導き出される指導法を信頼し、Mさんは子育てにあたることにしました。

 

 教室での最初の相談日、部屋の中をウロウロしていた息子さんに対してMさんはお菓子を与えて落ち着かせようしたそうです。その時、教室の先生から「それはやめてください。不適切です」と注意を受けました。Mさんにとって初めての経験でした。その時の気持ちについてこう述べました。

 

 「『えっ、これがいけないことだったの?』とハッとさせられました。夫の前で叱られて恥ずかしかったんですけれど、そうだったからこそ、『ここだったら自分がどうしていいかわからない子どもへの対応をどうにかしてくれるんではないか』と思いました」

 

 こうして、家族の協力を得て、3歳3ヶ月から定期的に学習する日々が始まりました。自宅から教室まで通学には2時間半ほどかかりましたが、特に、子どもと目を合わせ、その瞬間に手短に指示を伝えるやり方に手応えを感じるようになりました。

 「目を見て必ず指示を出す」「指示は、してほしいことだけを短い言葉で伝える」など具体的なアドバイスを受け、それを参考に家庭でも実践しました。「行きます」「歩きます」「寝ます」「顔を洗います」「靴を履きます」と言葉をかける接し方です。

 

 「息子と私の目が合ったという瞬間に指示を出し、『はい』という言葉が返ってきてから行動を起こすことも当たり前にできるようになって、一番困っていた、外に出た瞬間に走り出すとか動き回るとかが徐々に落ち着いていきました。通学の電車に乗っている時も静かに座っている時間が徐々に徐々に長くなっていき、1ヶ月ほどで明らかに変わって、(子どもへの対応が)楽になりました」

 

 「目を見て指示を出すこと」に関連して、Mさんはこんなエピソードも披露しました。地域の子どもの集まりで、ざわざわ騒がしかった子どもに向かって大きな声で「こっちを見て」と注意を促し、子どもと目を合わせてから手短に指示を出す、返事を求める……、そうするとピタリとその場は静かになったそうです。「目を見て指示を出すこと」の重要性をMさんは何度も強調しました。

 

 ところが、教室に通い始めて間もなく、突然、ご主人の実家である福岡にUターンすることになり、学習を諦めなければならない状況にMさんは直面しました。今後の方針について悩みました。そこで、同居する義父にも『自閉症児の学ぶ力をひきだす』を読んでもらい、「この子には学習が必要」という問題意識を共有することにしたそうです。

 

 すると、すべて読んだあと、「やりたいと思うことをやりなさい。子どもの将来に責任をもつのは親だから、親が必要と思うことはさせればいい」という返事を義父からもらい、応援してもらえることになりました。食事の時にテレビを消す、学習時間中には入室しない、朝や就寝前のあいさつをする、などの協力です。

 

 学習を続けるいっぽうで、Mさんは地元の療育施設に半年間、毎日通う時期がありましたが、そこで指導法を比較する良い経験をしました。療育施設では、「無理をさせないでください」という対応に終始し、周りの大人はほぼ4時間、子どもが好き勝手に遊んだり食事したりするのをただ見守るだけでした。そして、「言葉を無理強いしないでください」「ハンディのある人なりに、言語ではない別なコミュニケーションの方法があるんです」などと言われました。

 

 それに対し、効果的な指導について理解しつつあったMさんは次第に次のように確信するに至りました。

 

 「私の子どもの最終的になってほしい姿は『立派な社会人になること』で、社会に言葉は必要だろうと思いますので、『ここは違うぞ』という感じが膨らんでいきました」

 

 子どもにとっていかに言葉や文字、そして教育や学習が大切かというMさんの指摘です。セミナー参加者の多くにとっても、学習によって言葉の遅れなどの課題を乗り越えたMさんならではの指摘だと感じられたにちがいありません。

 

 いずれにしても、この時期、地元で学習する場を探していたMさんにとって満足できる場は見つかりませんでした。言い換えれば、遠方からの通学で経済的な負担は大きいものの、確実な指導を受けさせる意義を改めて理解することになりました。

 家庭学習の取り組みが一番のポイントだと痛感したのもこの時でした。幼稚園への登園前の20分、夕方の時間を利用して学習を続けました。

 

 「それまでは『自分にはできない。だから専門の人にお願いしたい』という依存心のほうが強かったので、『私でいいのかな? 不安だらけの私がやって効果が出るんだろうか?』と心配だったんですけれど、そんな私の関わりでも息子は何も書けなかったのに、お絵かきボードに『1』と『2』を書いて見せて、『いち』と『に』と発語した時に、『やっていれば、何かしら効果が出るし、できないことを嘆くんじゃなくて、いま自分ができることをこの子にやればいい。私しかやる人がいない。『私がやるんだ』という覚悟が決まったんですね」

 

 特に、注視や追視の練習を繰り返し、それを含めて「書いている時の姿勢」を確認しながら学習を進めました。言葉のかけ方は「鉛筆を持ちます」などと「です、ます」で言い切る形です。きちんとした効果が出るポイントだと言えそうです。

 

 この時期、成長の基盤が整ってきたと思われます。小学校(普通学級)への入学では特に問題がなく、その後は、学校側との連絡を密に取りながら学校生活を過ごしました。学年ごとに交代する担任へは「配慮いただきたい点について」をレポートにまとめ、提出するようにも工夫しました。学校との関係は良い方向に向かいました。

 

 このように、M君が力を伸ばした結果として、Mさんはもう一度仕事に復帰することができ、小学2年生の時には正社員になり、忙しくなりました(現在は会社員)。

 

 Mさんが会社からの帰りが遅くなっても、息子さんはそれまでに祖父母の協力を得て学校の宿題をすませるようにし、夕飯が終わった7時からはMさんがきちんとした字を書いているかどうかを確認しながら教室の宿題に取り組ませるようにしました。

 

 M君は今春、第一志望の県立高校に入学しました。

 

 「(希望する高校は)当時の学力からしたらぜんぜん届かない。偏差値で10ぐらい足りなかった。私はとうてい無理だと思い、不合格が嫌だったんですけれど、最終的に本人が『とにかく死に物狂いで頑張る』ということで半年間、基本問題を徹底しながら、受験に集中しました」

 

 M君は現在に至るまで、帰宅後は手洗い・持ち物の片付けなどを済ませたあと学習に取り組む習慣を守ります。まだコミュニケーションの課題を抱えるものの、周りから評価されるほどの優しい性格と学力をもつまでになりました。

 3歳3ヶ月から始めたM君の頑張りを見ているMさんやご主人はもちろんのこと、長男、長女、祖父母、家族みんなが支え、その恩恵は家族みんなに及んでいます。

 

 改めて、セミナーの体験発表のために遠方からおいでいただいたMさんに感謝いたします。

 

 

 なお、今回セミナーに参加された保護者は、川口市を中心に埼玉県、東京都、神奈川県、そして静岡県、長野県の1都4県に在住の方々でした。お子さんの年齢は、下が5歳、上は高校1年という状況でした。

 

[テーマ] 「母と子の努力を家族みんなが支えた」 

 

[プログラム] 体験発表(高校1年生の母親・Mさん) + 進行・解説・質疑応答(エルベテーク代表/医療法人エルベ理事・河野俊一さん)

 

[日時] 8月4日(土) 10:00〜12:10(受付開始9:45〜)

 

[会場] メディアセブン コミュニケーションスタジオ(川口駅東口「キュポ・ラ」7階 048-227-7622 http://www.mediaseven.jp/) 

 

[参加者] 31名

 

[参加費] 500円

 

*より詳細な内容は近日中にホームページ上(「報告■REPORT」欄)で報告します