[REPORT]報告-セミナー第7回(2017年10月7日)

連続セミナー「わが子の「発達の遅れ」に直面した保護者とともに考える」第7回(後援:埼玉県、埼玉県教育委員会、川口市、川口市教育委員会 平成29年度埼玉県NPO活動促進助成事業)を川口市のメディアセブンで開催しました。


 【概要】

 

・テーマ「母親として、医師として、思うこと」

・お話(体験発表) 中学2年生の母親(Sさん)

・進行・解説と質疑応答 河野俊一さん(エルベテーク代表/医療法人エルベ理事)

・10月7日(土) 10:30〜12:20 メディアセブン(川口市川口1-1-1)コミュニケーションスタジオ

・参加者 39名(うち有料参加者33名)

 

 今回で第7回を迎えましたが、いずれの回も埼玉県内外から保護者の方が出席されています。今回は、川口市を中心に埼玉県、東京都、神奈川県、千葉県、茨城県、栃木県、長野県、京都府の1都1府6県に住む保護者の参加がありました(子どもの年齢は、下は3歳、4歳〜上は高校1年生、高校2年生)。

 

【体験発表】

 

 第7回は母親(医師)による体験発表でした。第5回で中学2年生(長男)の父親(医師)に体験を発表していただきましたが、今回は母親の登場です。

 

 産婦人科医でもあるSさんには、現在、特別支援学級に通う息子さんの成長を通して教育・学習の果たす役割を確信するに至った経緯に触れながら、子育ての見通しを持てるようになるまでの具体的な子どもの接し方と子育てに対する考え方について語ってもらいました。

 

 同じ方向を向いた子育てながら、前回の父親とは異なる母親の立場からの話が印象的でした。

 

 (1)4歳の時に「広汎性発達障害」と診断され、言語面・認識面の遅れ、特に言葉がまったく出なかった息子さんの幼児期の様子について

 

 (2)ともに医師である両親が「このままでは大変だ」と感じた時のエピソードとその後、専門家に相談したもののアドバイスの言葉に失望した頃の不安・焦りについて

 

 (3)発音や読み書きの練習に繰り返し取り組むにつれ、息子さんが課題を少しずつ改められるようになった経過について

 

 (4)就学を前に経験した就学猶予とその後の小学校生活での息子さんの様子と家庭生活で取り組んだ母親・父親の努力と工夫について

 

 (5)両親が共感・実践した効果的な指導について(特に、「子ども自身に力をつける」という考え方)

 

 (6)中学2年生の息子さんの現在の学習(中1レベルの式の計算・方程式、中1レベルの漢字の読み書き、聞き取り、短文読解などを学習中)と生活の様子などについて

 

 (7)学校生活・家庭学習の中で親(母親・父親)が果たすべき役割・責任について

 

 (8)親として医師として、「発達の遅れ」を抱えた子どもへの指導のあり方について

 

 まず、母親のSさんは参加者に向かって「私は悩める母親の一人でありましたし、あります」と率直に話されました。ハンディを持った子どもの母親として愛情を注げば注ぐほど「悩めることばかり」といったニュアンスなのだろうと思われます。

 

 同時に、「まるで魔法にかかったような」と話すように、息子さんの成長のなかで大きな役割を果たす教育・学習の手応えに触れます。

 

「私にとっては魔法だったんですよね。『こんな子がこんなになりました。本当?』みたいな気持ちから始まって、現在に至るんですけれど、本当に手塩にかけて育てていただいてはいるんですけれど、まだまだ本当に問題がいっぱいあって……」

 

と続けました。

 

 息子さんは、4歳の時に「広汎性発達障害」と診断されました。言葉の遅れ、おうむ返しや独り言などの言語面、そして奇声を発するなどの行動面の不適切さが目立ちました。

 ところが、年中の11月から始めた教育・学習によって大きく変わりました。夫婦が役割を分担しながら子育てに当たった様子は前回のセミナーでも父親の口から語られた通りです。

 

 息子さんは就学猶予を経て、「小学校はなるべく一般の子どもと同じ環境を」と希望した両親の判断で普通学級に通いました。そしていま、中学校では付き添いが認められないため、普通学級ではなく特別支援学級で学んでいます。

 

 中学校に進学する際、力をつけている息子さんには特別支援学級であっても学習面でそれなりの環境を整えたいと母親のSさんは考えました。セミナーでは、特別支援学級における学習について次のような興味深い話が披露されました。

 

 「教科は相談して英国数が中心です。支援級には支援級の教科書があるみたいなんですけれど、ここはもう『通常学級用の教科書を買わせてください』とお願いしました。というのは、私どもの地方では教科書が支援級の教科書は3年間を通して1冊なんですね。中学校の1年生から3年生まで同じ教科書を使うんです。なので、1年生も3年生も誰がどこをやっているか、さっぱりわからないし、進み方もわからないし、『3年生で全部できるの? 私の息子1年生でここやって、2年生になったらどこやるんですか?』みたいなのがわからないのがすごく不安だったので、『ぜひ通常学級の教科書を買わせてください』とこちらからお願いして、そうでないと買わせてもらえませんでした。買わせてもらって、それを使用しています」

 

 特別支援学級に通う子どもがなんと普通学級の教科書を使っているのです。確かに、教科書は、子どもが段階的に学習しながらステップアップできるよう、よく考えられた道具です。それを活用しない方法はありません。

 

 学習の進め方については、「根幹だけを」というエルベテークのアドバイスに従い、国語、英語、数学の基本・根幹だけに絞り込む形で学習を続けています。あれこれと欲張ってしまう気持ちを抑えているのです。

 

 現在、学習面では、息子さんは中1レベルの式の計算・方程式・英語、中2レベルの漢字の読み書き、その他、聞きとりや短文読解などを学習中とのことです。

 

 教科書を利用できるようになったことも含め、このような環境が整った背景には、もちろん息子さん本人の力が前提としてありますが、両親の「ここまで成長した」という手応えと「だから、こうしたい」という強い気持ちもあると思われます。

 

 そして、両親が積極的に学校側に説明し、また学校の教師たちも理解を示したことが大きいと思われます。鍵を握ったのは、教科の先生方だったとSさんは言います。母親のSさんは、学校との信頼関係づくり、協力関係づくりについてこう指摘しました。

 

 「『どうやればできるようになるでしょうか』っていう話し合いをしたいのに『無理でしょ。無理なんだから。わかってます』という、その繰り返しだったんですけれど、それも本当にこちらからお願いして『どうか教科の先生方たちとお話しさせていただけないでしょうか』ということでお願いしたところ、本当に運良くというか、ご理解いただける先生で、『じゃ学校でやっているのをそのままプリントつけますので、おうちでやってみてください。僕たちはこういうやり方をしていますので、おうちと違ったら教えてください』ということで、そこでやっと学校との連携がとれるようになった感じです」

 

 学校との連携にも、親の熱意と工夫が必要だと感じます。この話と関連して、先生たちとの間で指導の成果を共有し、やりがいをもってもらうことが重要、というSさんの大切な指摘もありました。

 

 ともすれば、理解の乏しい先生に対し主張することが多くなり、対立的な関係になりがちですが、Sさんは周りのアドバイスを参考に、学校の先生たちをじょうずに巻き込んだのです。素晴らしいと思います。

 

 最後に、一人の医師として、「発達の遅れ」をめぐる医療・教育の問題点に触れながら、子どもにとって大切な視点とは何かについてSさんは問題提起をしました。

 

 主な指摘は次のような内容でした。

 

 Sさんは、「発達の遅れ」をもつ子どもの親として医師として、緩和医療との共通性があるのではないか、と指摘しました。特に、人間ががんなどの病気に直面した際、否認から始まり、怒りや抑うつを経て受容というプロセスを踏むとされますが、それは「発達の遅れ」でも同じではないかという感想です。

 

 事実、Sさんは息子さんにハンディがあるとわかった頃、その現実から目をそらそう、認めたくないと努め、その後は、誰かに「大丈夫です。普通です。そんな子います」と慰めてもらいたくて、いろいろな医療機関や療育機関、相談センターなどを回ったエピソードを話しました。そうした行動にも上記のような感情の揺れ動きがあったためと考えられます。

 

 いずれにしても、受容=諦めではなく、受容を出発点とし、そこから子ども自身に力をつける指導法を探し出した点にSさんの見識があると感じました。

 

 また、「発達の遅れ」をもつ子どもの診断後、適切な治療法が示されないのは、医師としても歯がゆくもどかしく感じる、という率直な感想もありました。

 

 さらに指導に関してSさんは、父親と母親が同じ方向を見て子育てにあたることが大事であるのはもちろん、特別支援教育の先生にも手応えを感じてもらい、ともに指導するという体制をつくることが大切ではないか、といった指摘もありました。

 

 重い内容になりがちなテーマでしたが、Sさんのユーモアに満ちた話し方もあり、時々、笑い声が聞こえる体験発表でした。

 

【進行・解説】

 

 前回までは、保護者による体験発表のあとに続いて、エルベテーク代表の河野俊一さんからまとめと解説が行われる構成でした。しかし、今回から少し改めました。河野さんがサブテーマにしたがって保護者の発表を引き出し、不足している点やわかりづらい点について保護者に聞き直す、あるいは自ら補足するといった構成に変更しました。

 

 幸いなことに、セミナー後のアンケートでは「わかりやすい」との評価をたくさん受けました。初めてSさんの体験発表を聞く保護者にとってもSさんの行動や気持ち、息子さんの学習の光景が目に浮かんだのではないでしょうか。当NPO法人としてもこれまで以上に実り多い内容になると思われましたので、次回からはこのような構成で臨みたいと考えています。

 

【質疑応答】

 

 短い時間ながら、参加された保護者からの質問に河野さんとSさんが答え、その中で解説が加えられました。特に、大人の対応(毅然とした態度やわかりやすい伝え方など)が鍵を握ることが強調されました。

 なお、取り上げられたのは、以下の質問でした。

 

「自分の気持ちのコントロールがなかなかできず、そのつど注意していますが、いっこうに良くならず、焦っています」

「基本概念(大、小、多い、少ない)などの教え方を学びたいです」

「中学進学にあたって何をポイントに在籍級を決められたのか、お聞きしたいです」

「家庭学習で根気よく教えてこられたと思うが、その根拠なり思いを知りたい」

 

【アンケート】(全部で26通。その一部を原文のまま紹介します)

 

●保護者の体験発表についての感想-1 「S君の現在の成長について」の回答

 

・就学前の保護者の声

 

「漢検7級を受験されていると聞いて驚きました。本人の自信にもつながるし、親や周りの先生方も達成感を味わえて、とてもすばらしいと思いました」(8歳の保護者)

 

・小学生の保護者の声

 

「連立方程式を解くまでに成長されたとの事。今まで10年、御家族で努力されてきたのだなあと素晴らしいと思いました」(小学2年生の保護者)

「教えても駄目な子ではなく、人の何倍も教え、応じ、工夫を重ねた結果が成長につながるのだと分かりました。何倍も教える為には応じる力が必須だと思います」(小学3年生の保護者)

 

・中学生の保護者の声

 

「特別支援学級に通いながら、通常の学習をしていることは素晴らしいと思います。努力がこれから先につながると思います」(中学1年生の保護者)

 

●保護者の体験発表についての感想-2 「家庭学習、学校との信頼関係づくりについて」の回答

 

・就学前の保護者の声

 

「学習する意義は何かということについて、学ぶということを通して学ぶ力がつけられる。その先の人生に対して有意義だという言葉が印象に残りました」(4歳の保護者)

「ダメなことはダメ、とあらためてそうだ!と実感しました。夫婦で話し合いたいです」(5歳の保護者)

 

・小学生の保護者の声

 

「普通級の教科書をもらったり、学校の先生との連携がとても参考になりました」(小学2年生の保護者)

「先生方への感謝の気持ちを前面に出し、子供の力をつけていく事が大事だと改めて感じた」(小学3年生の保護者)

「両親が協力して取りくんでいく事は大変ではあるけれど、子供にとっては一番いい事だと思いました。先生を信頼し、任せる事も必要だと思います」(小学6年生の保護者)

 

・中学生の保護者の声

 

「親が同じ方向を向いて教えることが大切だと思いました」(中学2年生の保護者)

「ダメなものはダメというのはウチも同一方針です。毎日バトルになりますが、続けることが大切と感じました。(とても疲れますが 笑)」(中学2年生の保護者)

 

・高校生の保護者

 

「お子様の課題について逃げずに根気よく繰り返し教えている姿に頭が下がります。うちも勇気づけられました」(高校1年生の保護者)

 

●「母親/医師としての感想について」の回答

 

・就学前の保護者の声

 

「受容について緩和医療等に似ているとのごしさ、分かりやすかったです」(6歳/年長の保護者)

「働いているだけでも大変なのに、家庭学習、学校との関係づくり等……。苦労や苦悩について、とても共感しました。とにかく、とても参考になり、内容もとてもわかり易く、今日お話が聞けて良かったです。私はいつもヒステリックにおこってばかりで、落ちこんでいましたが、もちろん、気を付けなくてはなりませんが、少し元気になりました」(6歳の保護者)

「診断後の治療方法がないのがもどかしいとおっしゃっていましたが、全く同感です」(8歳の保護者)

 

・小学生の保護者の声

 

「『診断はするけど、その先に何があるのか……』という言葉が印象に残りました。『可能性をつぶしたくない』という思い、教育する権利を奪われたくないという思い、私も一緒で、息子の伸びる力を信じて日々積み重ねて行くことが大切だと思います」(小学2年生の保護者)

 

・中学生の保護者の声

 

「ご夫婦が同じ方向で教育方針をお持ちになっていることの大切さを教えられました。相当ご努力されたのだと思います。でもそれはとても必要なことだと思いました。学校との信頼関係づくりに感動しました」(中学3年生の保護者)

 

●河野さんの解説についての感想

 

「繰り返しの学習の大切さを改めて感じました。これからも根気よく学習していきたいと思います」(8歳の保護者)

「悩むことが多いですが、地道に課題に取り組み、繰り返していくことの大切さを再確認いたしました」(小学2年生の保護者)

「体験や実績に基づいて、お話しして下さるので、説得力、勇気が持てます」(中学1年生の保護者)

「とても納得することばかりで、わかりやすかったです」(高校1年生の保護者)

 

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 興味深い指摘がたくさん聞かれた今回の体験発表でしたが、Sさんが終始「学習させてあげたい」という、強い気持ちをもっていることが息子さんの成長を後押ししている原動力だと感じました。「学習させてあげたい」と思うか、「無理をさせてはいけない」と思うか、親の気持ちひとつによって、ハンディを受容したあとの行動が180度異なってくるように思われます。

 

 改めて、Sさんの貴重な発表に感謝します。

 

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 今後とも、保護者による体験発表を聞く機会を通して、多くの方が「教育・学習を通してどの子どもも変わりうる、『発達の遅れ』があろうがなかろうが接し方・教え方の基本は共通だ」という認識がもてるよう、当NPO法人としても連続セミナーの開催に力を入れていきたいと考えています。

(報告/2017年11月10日 知覧) 


(撮影 堀)