[REPORT]報告-セミナー第5回(2017年7月27日)

連続セミナー「わが子の「発達の遅れ」に直面した保護者とともに考える」第5回(後援:埼玉県、埼玉県教育委員会、川口市、川口市教育委員会 平成29年度埼玉県NPO活動促進助成事業)を川口市のメディアセブンで開催しました。


【概要】

 

・テーマ「言葉の遅れ、覚えられない、こだわりを改める適切な接し方・教え方

・お話(体験発表) 中学2年生の父親

・まとめと質疑応答 河野俊一さん(エルベテーク代表/医療法人エルベ理事)

727日(木) 10:4012:30 メディアセブン(川口市川口1-1-1)コミュニケーションスタジオ

・参加者 32名(うち有料参加者26名)

・参加費 500円(資料代)

 

【体験発表】

 

 第5回は、連続セミナーとしては初めてとなる父親(医師)による体験発表を行いました。幼児期から言葉の遅れや執着行動などを示し、4歳の時に「広汎性発達障害」と診断された中学2年生の息子さんをもつ父親です。年中の11月から始めた学習によって息子さんがどのような力を身につけてきたか、そのうえで「発達の遅れ」を抱えた子どもの接し方・教え方についてどのような視点・ノウハウが求められているか、について親・医師の立場からお話しされました。

 

 (1)4歳の時に「広汎性発達障害」と診断され、言語面・認識面の遅れ、特に言葉がまったく出なかった息子さんの幼児期の様子について

 

 (2)ともに医師である父親と母親が「このままでは大変だ」と感じた時のエピソードとその後、専門家に相談したもののアドバイスの言葉に失望した頃の不安・焦りについて

 

 (3)発音や読み書きの練習に繰り返し取り組むにつれ、息子さんが課題を少しずつ改められるようになった経過について

 

 (4)就学を前に経験した就学猶予とその後の小学校生活での息子さんの様子と家庭生活で取り組んだ父親・母親の努力と工夫について

 

 (5)父親・母親が共感・実践した効果的な指導について(特に、「子ども自身に力をつける」という考え方)

 

 (6)中学2年生の息子さんの現在の学習(中1レベルの式の計算・方程式、中1レベルの漢字の読み書き、聞き取り、短文読解などを学習中)と生活の様子などについて

 

 (7)学校生活・家庭学習の中で親(母親・父親)が果たすべき役割・責任について

 

 (8)親として医師として、「発達の遅れ」を抱えた子どもへの指導のあり方について

 

 冒頭、父親は現在の息子さんの様子についてこう紹介しました。

 

 「息子の苦手なもの、それはまずコミュニケーションですね。たぶん会っていただけると、『この子、本当に漢字が勉強できるんだろうか?』というくらいのコミュニケーションの低さを感じると思います。ですから、『何かしたい?』と訊いても、それは答えられません。あるいは『これはどっち?』と訊かれると、『どっち?』とおうむ返しすることも多々あります。それと、独り言が多いんですよね。まったく意味をなさないような言葉を発したりする。それから突然、笑ったりすることもあります」

 

 他人の目には表面上、息子さんの力を明確に把握できないかもしれないけれど、学習の積み重ねによって確実に力がついていることを父親は実感しているのも確かです。こう話を続けました。

 

 「でも、一応、覚えるのは苦手なんですが、繰り返しやることによって覚える力はあるんですね。だから、実は漢字が得意なんです。得意といっても、本当に漢字ができる人に比べれば苦手なんですけれども、少ないできることの中では漢字はおそらく突出しているんではないかと思っているんですよね」

 

 現在、中学2年生の息子さんは、学年相当の漢字を学習しているそうです。ハンディを抱えているものの、幼児期からの学習を通してずいぶん力をつけてきました。具体的に父親は漢検受験のエピソードを紹介してくれました。

 

 「中学に入ってからは漢検を受けるようになりまして、最初は『10級受けさせてくれ』といった時に担任の先生は『ちょっと』と渋っていたんですよね。でも、無理やり『受けさせてくれ』と言って受けたんですね。10級受かって、次の機会に『9級受けさせてくれ』と言ったら、『お父さんもお母さんもゆっくりやりましょう』と言われたんですね。でも、それも無理やり『受けさせてくれ』と。それも見事合格しまして、今度、8級まで受けたら、向こうから『たぶん8級は合格していますので、7級頑張りましょう』と声をかけてくれるくらいになりました。そんな進歩もありますので、親としてはそういうのを見ると嬉しいですね。だから、いま、7級に取り組もうと頑張っています」

 

 一人で試験を受けるという点でも息子さんの成長にとって漢検の経験は大きいと思われます。

 

 そして、父親は学校との信頼関係づくりにも触れました。

 

 「去年1年間は特別支援学級の担任の先生に勉強をお任せしておいたんですが、去年1年やって向こうはどうやって教えていいのか、何を教えていいのか、がわからなかったみたいですね。その反省としまして、今年はもう最初から親が動いて、『教科の先生と交えてお話しさせてください』と。教科の先生とお話しすると、教科の先生は基本的なところを教えるということに関して『ああ、そうですね』と言ってくださって、非常に協力的だったんですよね。

 特に英語の先生に関しては教科の先生とお話しする前に、特別支援学級で英語のカルタみたいなものをやったらしいんですよ。英語の意味からカルタをとるわけですが、それが他の子を差し置いてダントツ一位だったというのを知ってて、『この子は覚えられる力があるんだ』ということを教科の先生が認めてくださったんですよね。そこで、たぶん英語の先生も非常に協力的になってくれて……。できるということを示して、協力を仰ぐというのが一番いい方法なんじゃないかと思っています」

 

 父親が指摘するように、まず親が努力し、子どもも頑張る、その姿を示すことによって周りの援助を受けるという道筋はきわめて合理的なように思われます。また、学習の積み重ねが子ども自身の力をつけることに結びつくばかりか、親や周りにとって子どもの育ちつつある力の発見にもつながる様子も非常に興味深く感じられます。

 

 そのほか、この日の体験発表の中では医師らしい指摘も聞かれました。つまり、課題は残されるとはいうものの、教育・学習によって少しでも課題を改善させようと試みる行為は、もともとの原因となっている病気を完治(根治)できないけれども、さまざまな症状を緩和し患者さんの生活を楽にする緩和医療の姿と似ているのではないかという指摘です。会場では頷いている参加者もたくさんいました。

 

 不安・疑問・苦労を経験し、同じように適切な指導法を求めながら、わが子に自立のための力を少しでもつけさせたいと願っている父親の姿勢が印象的でした。職業は医師ながら、「発達の遅れ」を抱えたわが子の育児にあたる姿は参加者にとって自分と共通のものがあると感じられたのではないでしょうか。

 

【まとめ・解説】

 

 河野俊一さんは、父親の体験発表を踏まえて、これまでの成長のポイントを紹介しました。特に、父親が「これではいけない」「どうにかしなくてはいけない」という気持ちになったのが子育ての出発点だと強調しました。それが効果的な教育・学習を手繰り寄せる形になったということです。河野さんが話したように、「適切な指導に巡り合えるかどうは大きいと思います」と言えると思われます。

 

 また、河野さんはこう述べました。

 

「ヘレン・ケラーは、もしサリバン先生に出会っていなければ、私たちはヘケン・ケラーという名前さえも知らないし、ヘレン・ケラーはどうなっていたかというと、そこに答があるはずです」

 

 指導の質の重要性に触れました。

 その他、河野さんは、家庭学習の大切さ、父親と母親が同じ方向を見て子育てに当たることの大切さなどを指摘しました。いずれも豊富な実例に基づいて話されました。

 

【質疑応答】

 

 参加された保護者からの質問で多かった言葉の遅れとその克服の仕方について、家庭での取り組み方などを父親と河野さんそれぞれが答えました。また、以前、いただいたアンケートの「取り上げてほしいテーマ」から、「発達の遅れ」を抱える子どもの兄弟への対応の仕方についてもアドバイスがなされました。

 

【アンケート】(全部で19通。その一部を原文のまま紹介します)

 

●保護者の体験発表についての参加者の感想

 

・就学前の保護者の声

 

「発達障害の子は、誰かに教えてもらわないとできない。だから必要なことを教えてあげる、という話が印象的でした。自分の子はどういう状態なのか、何を教えたらいいか、もう一度みつめ直そうと思います」(2歳の保護者)

「貴重な体験のお話でした。分かりやすかったです。障害を治すことではなく、何十回もやってこくふくしていくことが大事。お医者様が伝えてくれてなお納得できました」(5歳の保護者)

 

・小学生の保護者の声

 

「具体的な話が聞けて、参考になった。自然に獲得できることが自然に獲得できないのは、練習する、教えてあげることで手助けすることが大切だと理解した」(小学3年生の保護者)

「生々しい体験をきけて大変勉強になりました。あきらめずコツコツ実践していきたいと思います」(小学3年生の保護者)

「子供の力を信じる事、親の気持ち、とても共感しました。気持ちを改めて、また頑張っていこうと思います」(小学3年生の保護者)

「逆境の中から先生方を味方につけることができるプロセスがとてもよく分かり、ありがたく拝聴いたしました」(小学4年生の保護者)

 

・中学生の保護者の声

 

「とても分かりやすいお話で、元気をいただきました。同学年で同じように幼稚園から問題の対応をされている様子に昔を思い出しました。どんな言葉にもたち向かっていかれた姿に共感しました」(中学2年生の保護者)

「努力されて子供を成長させている姿に素晴らしいと思いました。学習し続けることの大切さ、応じる力が大切だということが改めて感じました」(中学3年生の保護者)

 

●参考になったこと

 

「子供と親が協力しながら、積み重ね、くり返しやることの重要性が理解できた」

「学習し続けることの大切さ、応じる力が大切だということが、改めて感じました」

「適切な教育が必要ということ。特別ではないんだ!

「家庭学習へのとりくみ、親の考え方」

「夫婦揃っての方向性の合わし方」

「勉強への取りくみ方、伝え方、考え方、改めて考えるきっかけになりました」

「目を見て教えること」

 

●河野さんの解説についての感想

 

「夫婦は同じ方針で子供に接するべきという話がとても納得できました」(2歳・4歳の保護者)

「可能性を信じて、その子の出来を見極めて有効な手段をとることで子も親も手ごたえを感じることができる。この夏努力して、学校でもその成果が出していけるようにしていきたいと思います」(小学2年生の保護者)

「可能性をもっていることを認識することの大切さを理解した、どんだけの練習量でできるかを把握することが大切、同じ方向をとることが重要、親の都合で我慢することを身につけさすこと、子供の理解度を確認してみようと思う」(小学3年生の保護者)

「子供に応じる力をつけさせること、それにより、周りの人から助けてもらえる、それが大事だということ。その通りだと思いました」(中学3年生の保護者)

 

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 今回で第5回を迎えましたが、いずれの回も埼玉県内外から保護者の方が出席されています。今回は、川口市を中心に埼玉県、東京都、千葉県、栃木県、群馬県、長野県の15県に住む保護者の参加がありました(子どもの年齢は、下は2歳、36か月〜上は中学2年生、中学3年生)。

 

 なお、当NPO法人の連続セミナーとしては初めて『広報かわぐち』など自治体の広報誌に案内が掲載されましたが、その効果もあり、定員以上の多数の申し込みが寄せられました。

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 残念ながら、現在、参考になる具体的・長期的な実例が専門家からもほとんど紹介されないため、保護者、教育者、医療者は効果的な接し方・教え方がわからない、イメージできない、そして、「なんとかしよう!」と熱心に取り組もうとする方であってもいつのまにか諦めてしまう状況があるように感じられます。

 

 その壁を打ち破り、多くの方が「教育・学習を通してどの子どもも変わりうる、『発達の遅れ』があろうがなかろうが接し方・教え方の基本は共通だ」という認識がもてるよう、当NPO法人の連続セミナーを通して啓発していきたいと考えています。

 

(報告/2017年8月5日 知覧)


(撮影 堀)